大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和24年(行)138号 判決

主文

一、茨木市春日地区農地委員会が昭和二四年四月二四日別紙物件表記載の物件のうち3、4、5の物件(馬場留吉の買収申請にかかるもの)についてした買収計画はこれを取消す。

二、原告川上孝助、堂島六雄の請求及び原告堂島一哉のその余の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用はこれを八分し、その一宛を原告川上孝助、堂島六雄、その三宛を原告堂島一哉及び被告の各負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「茨木市春日地区農地委員会が昭和二四年四月二四日別紙物件表記載の物件についてした買収計画を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として次の通り述べた。

「一、別紙物件表記載の物件は同表関係原告欄記載の原告の各所有であつたが、茨木市春日地区農地委員会(被告委員会)は昭和二四年四月二四日右各土地につき、自作農創設特別措置法(自作法)第一五条に基き、同表買収申請人欄記載の人達よりの買収申請を認容して、同対価欄記載の買収対価を以てする宅地買収計画を決定した。そこで原告等は同年五月六日同委員会に対し右買収計画に対する異議の申立をしたところ、同委員会は同月二六日異議却下の決定をしたので、原告等は更に同年六月九日裁決庁である大阪府農地委員会に対し訴願をしたが、同委員会においては同月二八日右訴願を棄却する旨の裁決をなし、同年七月一一日原告等にその旨を通達した。

二、しかしながら右地区農地委員会のした宅地買収計画は次の諸点において違法である。

(一)、本件宅地の買収を申請した各申請人はいずれも当該宅地について借地法上の権利を有するものではない。

宅地の買収は買収申請人の申請によるべきものであり、買収を申請し得べき者は、当該宅地につき賃貸借、使用貸借による権利若しくは地上権を有する者でなければならないことは右第一五条に定めるところである。然るに本件宅地の買収申請人である川畠宇之松外四名はいずれも借地権を喪失し当該宅地につき何等借地法上の権利を有する者ではないのである。即ち右買収申請人等は右各宅地の所有者である原告等から各宅地を賃借し該地上に建物を所有していたものであるが、同人等は昭和二三年秋頃他の宅地賃借人と提携して地代不払同盟を結び、共同戦線を張つて宅地所有者に対抗し、地代支払の意思のないことを表明し、地代は毎年末支払の約定であつたが、昭和二三年一月分以降の地代を支払わず、賃借人としての義務を履行しないので、賃貸人たる原告等は昭和二四年五月三〇日附書面を以て各賃借人に対し、右債務不履行を原因として賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、該書面は東畠安次郎に対しては同年六月一日、その他の買収申請人等に対しては同年五月三一日にそれぞれ到達したので、右各宅地に対する賃貸借は右書面の到達の日にいずれも消滅し、買収申請人等はいずれも当該宅地につき借地法上の権利を有しないものであり、従つて右各宅地の買収申請をする適格を欠ぐものである。

(二)、また自作法第一五条による買収の対象となる宅地は、同法第三条によつて買収せられた農地に附随し、主としてその農地の用に供せられるものでなければならない。自作法は農地兼併の宿幣を是正し、農地を広く小作人に解放してこれを自立せしめるため制定せられ劃期的立法で、同法の買収の主要目的たるものは農地であることは同法第三条以下においてその手続を詳細に規定していることによつて明らかである。同法第一五条には農業用施設その他の買収規定を設けているが、その対象たるものは第三条以下の買収手続によつて買収せられた農地に附随して主としてその用に供せらるるものに限るべきものである。自作農がその借地権に使用する宅地は、その住家の敷地なると、工場或いは借家の敷地なると、ことごとく買収の対象となり得るものと解するが如きは、法の精神を誤つた失当の見解である。

いま本件についてこれを見るのに、本件各宅地はいずれも買収申請人等の住宅の敷地として使用せられているものであり、同人等が今次の農地改革に当つて解放を受けた農地は別紙買収申請人解放農地表記載の通り(但し、松岡丑松の解放農地中大字上中条字松井二〇四番地の二畑三畝一七歩は、同人が今次の農地改革に当つて売渡を受けたものではなく、原告等の本訴提起後に闇買したもの)であつて、右解放農地はいずれも買収申請人等の住宅用敷地とせられている本件宅地からは近きも約二丁、遠きは約一〇丁の距離に散在しているのであり、右宅地が右農地に附随し或いは従属するの関係は何等ないのであるから、これを附帯買収の対象とした本件買収計画は失当である。

(三)、自作法第一五条により買収せらるべき宅地は、同法第三条により買収せられ同法第一六条によつて売渡をせられた農地について自作農となるべき者が、その農地を維持経営するにつき必要な宅地であることを要することは第一五条の趣旨に徴し明らかである。従つて買収農地の売渡を受けた者であつても、その後これを他に売渡し、全然これを所有していない者の如きは宅地の買収を申請する資格を有しない筈である。

本件買収申請人のうち杉原馨は別紙解放農地表記載のような三筆の農地の売渡を受けた者であるが、同人は右農地のうち大字中穂積所在の二筆の土地を昭和二六年中交換分合の名を以て農業委員会の承認を受けてこれを他に売却し、更に大字上穂積所在の一筆もまた昭和二八年八月同様の手続を経てこれを他に売却し終つたものであつて、同人の解放農地は既に全部が売却処分せられ、同人は解放農地の利用のためにする宅地買収の申請を為し得べき資格を喪失したものであり、同人の申請を容認した買収計画は結局失当たるに帰し取消を免かれないものというべきである。

(四)、宅地の買収を申請する者は右第一五条の趣旨に照し耕作に精進する純農即ち耕作専業者でなければならない。然るに本件買収申請人等はいずれも耕作専業者ではなく、買収を申請し得べき適格者ではない。

(1)  原告川上孝助所有の別紙物件表1の宅地の買収申請人である川畠宇之松は耕作に精進する純農ではない。即ち同人は年中竹篭の行商をしている商人であり、同人長男一男は京阪神電鉄の線路工夫として同会社に勤務する給料生活者である。同人一家は農地約五反八畝を耕作しているがその耕作は宇之松父子においてはこれを為さず、その借家に居住する山脇嘉一夫婦にその耕作をさせているもので、かかる変態農家は耕作専業者として宅地の買収を申請し得べき資格はない。農地法が自作農創設のため宅地の買収を認めた趣旨に照し、これに便乗してその恩恵を受けんとする者の如きは断乎として排斥せらるべきである。

(2)  原告堂島一哉所有の別紙物件表3、4、5の宅地の買収申請人である馬場留吉は陸上運送業者で農業経営者ではない。同人は貨物自動車一台、荷馬車一台、従業員四名を使い、茨木三六〇番の電話を使用して陸上運送業を盛大にやつているもので、現在茨木市の陸上運送業者の班長であり、月収二五万を下らないといわれている。同人は巧みにその自動車を公用名義として自己の陸上運送業を偽装して来た。即ちその運搬用に使用している豊田式大型貨物自動車は自己の所有であるが、昭和二二年一二月一九日これを大阪府農業会三島支部名義(第六五八六号)を以て使用届をなし、同農業会が解散となるや昭和二三年八月一三日附を以て茨木市役所農務課(第一五五八号)の使用名義としていたが、該自動車を農業会或いは市役所農務課の公用に使用するのは月のうち数回にすぎず、殆んど自己の運送業に使用していたもので、この自動車を以て京都市から屎尿を運搬し春日地区で一台四十丁を四千円で売捌いている一例を以てしても事実は明白である。同人は右の手段で巧みに脱税していたため最近脱税事件として茨木税務署に告発せられ目下調査中のものである。右の事実は公知の事実であるに拘らず春日地区農地委員会が同人を買収申請適格者としてその申請を容認したことは全く解し難いところである。

(3)  原告堂島六雄所有の別紙物件表2の宅地及び原告堂島一哉所有の同8、9、10の宅地の買収申請人である杉原馨は昭和一九年三月生れの少年で農業専業者ではない。同人方の農地はその母が耕作しているが、本人は少年で将来農耕に従事するか否か未定である。同人の母が買収の申請をするに至つたのは馬場留吉等を主謀者とする宅地買収申請の共同戦線に巻込まれたもので、その母が原告堂島六雄に自分方としては引続き宅地を貸して貰いさえすればよろしいので、別に売つて貰う必要はないと洩していた事実によつてもこの間の消息が推知せられるのである。

馨は未成年者で法律上の無能力者である。同人が法律行為をするにはその法定代理人においてこれを為すべきであるが、馨自身の名においてされた買収の申請は形式的にも違法であり無効である。

(五)  宅地の買収は農地の買収と異り宅地使用者から買収の申請があつた場合市町村農地委員会が相当と認めたときにおいて買収すべきものである。そしてこの相当なりや否やの認定には宅地賃貸の事情、宅地所有者と使用者との関係、宅地所有者が買収により蒙る苦痛、将来の影響等諸般の事情を比較衡量して定むべきものである。そして左記申請人の申請は諸般の事情から考察して買収を相当と認むべきものではないと考える。

(1)  原告堂島一哉所有の別紙物件表6の宅地が松岡丑松の申請によつて買収に決定せられているが、この土地は堂島と松岡との個人関係において買収によつて宅地の所有関係を変更せしめることは適当ではない。即ち丑松の父松之助は元堂島家に奉公していたのであるが、堂島家においては同人の多年の労に報ゆるため所謂のれん分けをして自立させたもので、松之助の自立に際しては耕地を分与し、宅地を貸して家を建てさせ、牛まで貸してこれを助けたのである。松岡一家もその恩義を忘れず、爾来堂島家と特別の交際を続けているのである。松岡が右宅地の買収を申請するに至つたのはその本意ではなく、一部の人の煽動により買収運動の団体行動に参加せざるを得ない立場に立至つたためであつて、松岡自身ひたすら円満な解決を希望しているのである。堂島としても旧恩をかさにして無法な要求をする意思はなく、将来の交誼のため円満な解決方法を以て右宅地を譲渡したとき希望を持つているのである。

かかる特別な事情にある土地は、その事情を詳細に審査し買収申請人の真意を探求して買収の適否を決定すべきで、事情右のような場合は当事者の合意を以て円満に解決するのを相当とし、買収によつてことを決すべきものではない。

(2)  原告堂島一哉所有の別紙物件表7の宅地が買収申請人東畠安次郎の申請によつて買収に決定されているが、この土地も次の事情によつて買収の方法によつて同人の所有に帰せしめることは相当ではない。即ちこの宅地は元東畠家の所有であつたが、その先代が窮迫した頃特に堂島家に依頼して高価にこれを引受けて貰い堂島家の所有となつたものである。これがため堂島方では相当の代価を提供すれば何時でも返還することを約しており、東畠方でもこの土地を取戻すことを目標として努力を続けて来ており、最近家運の回復によつてその資力を作り交渉の域に達して来たのである。かかる事情のある土地であり、両家は近隣者として特別の交情を重ねている間柄であるから、円満な解決こそ双方の望むところである。宅地買収なる団体運動の渦中に入つて買収によつて所有権を移転することは将来に禍根を残すことである。東畠もその事情は現在十分了解しており、堂島としても円満妥協のためならば相当の犠牲を払うことを覚悟している。従つて右土地については解決を当事者に委ね買収より除外することこそ穏健妥当な処置なりと信ずるものである。

(六)、宅地買収の対価は時価を参酌して定むべきことは前記第一五条の規定するところである。然るに春日地区農地委員会が本件買収の対価として定めたところは一律に賃貸価格の六五倍に当る一坪一六円九〇銭にすぎず、時価を参酌して定むべきものとした右法条に違反した違法の措置である。右決定は自作法施行令第一一条及び昭和二二年農林省告示第七一号によつたものであろうが、右施行令第一一条の規定中宅地買収の対価に関する事項は自作法第一五条を以て変更せんとするものであるから憲法に違反し無効のものといわなければならないのみならず、仮りに右農林省告示に定めた対価基準は、中央農地委員会がこれを定めた当時は時価を参酌した適当なものであつたとしても、その後のインフレの昂進による物価の騰貴は貨幣価値を数十分の一ないし数百分の一に下落せしめたため、これを本件買収当時の基準とすることは許されないことである。本件土地の時価は一坪七〇〇円を下らないものであるから、買収対価を決定するには少くともこの価格に近い金額を以てするを要するのに、これを一坪一六円九〇銭に定めた本件買収計画は明らかに違法である。

三、宅地の買収は田畑と異り所謂認定買収であるから買収の申請に対してはこれを相当と認むべきか否か諸般の事情を審査して判断しなければならない。またその対価は明らかに時価を参酌して定むべきものとしているのであるから、賃貸価格の六五倍というような杓子定規の裁断をなすべきものではない。然るに本件農地委員会においては買収申請人等の共同戦線的な団体行動に押され、その申請を認容して買収計画を決定したことは誠に遺憾であり、その決定には前記のような違法がある。よつてその取消を求めるため本訴に及んだものである。」

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め、答弁として次の通り述べた。

「一、原告等が請求原因の第一項として本件買収の手続等について主張する事実は全部これを認める。

二、しかし本件買収計画には何等の違法もない。

(一)、本件宅地の買収申請人である川畠宇之松外四名が、それぞれ原告等から原告等主張の宅地を賃借し、その地上に建物を所有していること、同人等に対し原告等主張の昭和二四年五月三〇日附書面が到達した事実はいずれもこれを認めるが、同人等と原告等間の右土地についての賃貸借契約が解除せられたことは争う。

これら賃借人はいずれも地代支払の意思のないことを表明したこともなく、地代不払の事実もない。昭和二三年度の地代は同年一二月各借地人よりそれぞれ地主たる原告方に持参支払をしようとしたが、原告等はその受領を故なく拒んだため事実上支払ができなかつただけで、借地人側には何等不履行の責はない。従つてその不払を理由とする原告等の契約解除は無効であつて、同人等は依然本件宅地について賃借権を有し、その買収申請の適格者である。

(二)、また自作法第一五条による買収の対象となる宅地は、解放農地に附随し、主としてその農地の用に供せられるものとは限らず、農地解放により自作農となつた者の農業経営上必要なものはこれを買収し得るものと解するのが相当であつて、本件宅地の買収申請人等の解放農地が別紙買収申請人解放農地表記載の通りであり、その解放農地と本件宅地との距離が概ね原告等主張の通りであることはこれを認めるが、右宅地はいずれも買収申請人等の解放農地の農業経営に必須なものであるから、この意味においても本件宅地の買収要件には何等欠けるところはない。

(三)、本件買収申請人の杉原馨がその解放農地のうち大字中穂積所在の二筆の土地を他に売却した事実はこれを認める。しかし他の一筆を処分した事実はなく、右二筆の処分も生活困難のため母とよが已むなくしたことである。

右の如く解放農地を後日処分したことがあつても、それは事情の変更に基くもので、このため宅地の買収自体の効果に影響する筋合はない。

(四)、本件宅地の買収申請人はいずれも専業農家であつて、それぞれの宅地上に所有する宅地上に所有する住宅に居住し、農業を営んでいるものである。

(1)  川畠宇之松は純農である。同人は全然行商等はしておらず、また同人長男一男は時には線路工夫として京阪神急行電鉄に雇われることもあるが、それは農閑期における小遣取りにすぎない。また山脇嘉一夫婦に耕作させている事実もない。山脇は大阪放送局に勤務する人である。

(2)  馬場留吉が運送業を営んでいるとする原告等の主張もまた事実と相違する。運送業をやつているのは同人の弟馬場実である。

(3)  杉原馨が昭和一九年三月生れの少年であることは相違ないが、同人は改正前の民法にいわゆる戸主であり、本件宅地の賃貸借契約についてはその当事者である関係上、その親権者たる母とよが馨名義を以て買収の申請をしたにすぎない。事実上耕作しているのは母とよである。即ち馨が賃借権者であるから同人名義で買収申請をしたもので何等の不都合もない。買収申請の権利者と事実上耕作のことに当る者とはこれを区別して考えねばならぬのである。なお母とよが本件宅地買収を本心から欲していなかつたような事実は全然ない。

また、馨名義を以てする申請は、その形式的には不備の点があるとしても、結局同人が権利者であることは前記の通りであるから、同人に売渡すためにする本件宅地の買収の効果には影響するところはないのである。

(五)、自作法第一五条第一項所定の者は、同項所定の権利または物の買収申請ができる。市町村農地委員会は、その申請がこの法律の定めるところに合していると認めたときはこれを買収する。ここに相当と認めたときというのは、右の如く法の定めるところに当該申請が合致するものと認めたことを指す。この要件さえ具備していれば、これを相当とするのであつて、原告等の主張するような各般の事情の如きはこれを顧慮するを要せず、またすべきではない。

(1)  松岡丑松が本件買収申請を本意ならずもしたという事実はない。同人はその権利に基いて申請をしたもので、原告主張の事実関係の如きは、この権利の実行を妨げる何等の効果もない。

(2)  東畠安次郎の関係についても(1)と同様であつて、原告のいう事情なるものは法律的に何等価値なく、多言を要しないものと考える。

(六)、本件宅地の買収対価が賃貸価格の六五倍を以て定められたことはこれを認める。そしてそれは自作法施行令第一一条、昭和二二年農林省告示第七一号によつて定められたものであることも原告等のいう通りである。しかし右額は、自作法第一五条に規定する通り、時価を参酌して定められたものであり、相当な額である。原告等主張の時価なるものはこれを争う。なお買収対価に対する不服は、対価の増額請求の別途の方法によりこれを為すべく、これを理由として買収計画そのものを違法とし、その取消を求めることはできないものである。」

(立証省略)

理由

一、別紙物件表記載の物件は同表関係原告欄記載の各原告の所有であつたが、茨木市春日地区農地委員会(被告委員会)は昭和二四年四月二四日右各土地につき、同表買収申請人欄記載の人達よりの買収申請を認めて、自作法第一五条による宅地買収計画を立てたこと、これに対し原告等は同年五月六日同委員会に異議の申立をしたが、同月二六日これを却下せられ、更に同年六月九日大阪府農地委員会に訴願をしたが、これまた同月二八日棄却せられ、その旨翌七月一一日原告等に通達せられるに至つたことは当事者間に争いがない。

二、そして右買収申請人等はいずれも今次の農地改革に当り、別紙買収申請人解放農地表記載の通りの農地(但し、松岡丑松の解放農地中大字上中条字松井二〇四番地の二畑三畝一七歩を除く)の解放を受けたものであること、また当事者間に争のないところであり、右上中条字松井二〇四番地の二の土地が松岡丑松に対する解放農地であることは成立に争のない乙第一号証によつてこれを認めることができる。

(一)、そこでまず右各買収申請人に本件各買収宅地の賃借権があつたか否かについて考えてみよう。

右各買収申請人がその関係宅地につき、いずれも従前賃借権を有していたことは原告等もこれを認めるのであり、本件では昭和二三年一月以降の賃料不払によつて、その賃貸借契約が解除せられたか否かが問題とせられているのである。そして右賃貸借の解除は原告等の昭和二四年五月三〇日附、翌日または翌々日買収申請人等到達の書面を以てせられたこと原告等の主張するところであり、右書面が原告等主張の日に買収申請人等に到達したことは被告の認めるところである。そうすれば、原告等の主張からいつても、本件宅地に対する買収申請人等の賃借権は、右解除の意思表示によつて賃貸借が解除せられたか否かを問題とするまでもなく、少くとも右書面到達の日である昭和二四年五月三一日または同年六月一日までは存続していたことは明らかであり、また当事者間に争いない事実と認めることができる。そうすると右宅地の買収計画の日である同年四月二四日当時においては、買収申請人等に右宅地の賃借権があつたことは明かであるから、既にこの意味において、本件買収申請人に宅地の賃借権がなく、従つて買収申請の適格がないとする原告等の主張は失当である。

なお証人馬場留吉、川畠一男の各証言の一部に証人杉原とよ、東畠安次郎の各証言及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すれば、前記のように本件各宅地は従前から各買収申請人が原告等から賃借していたものであつて、その賃料は当初は物納であつたが米の供出制度が行われるようになつてから金納となつたものであること、昭和二一年九月二八日勅令第四四三号地代家賃統制令によりその賃料額は従前の賃料額に停止せられたが、賃貸人側から大阪府知事に対し右停止統制額増額認可の申請をして、同知事から一ケ月一坪七銭までその増額を認可せられたこと、また右認可の頃本件宅地所在地方の地主(賃貸人)と借地人と協議の上、右認可額を以ては租税その他の関係上到底地主側の収支が償わないというので、借地人側も地主側の要望を容れて賃料額を一ケ月一坪一〇銭に協定したものであつて、その際地主側はまた借地人に対し、その後の値上は地主の一方的にはせず、必ず借地人と協議の上ですることを約したものであり、右協定は昭和二二年頃から実行せられ、本件原告等及び買収申請人等もこれに従つたものであること、その後昭和二三年一〇月九日の物価庁告示第一、〇一二号によつて本件宅地の地代統制額は一ケ月一坪五二銭まで増額せられ、原告等においては右宅地の地代を一ケ月一坪五〇銭に値上することを希望したもののようではあるが、前記協定の故にか、買収申請人等に対する一方的意思表示により右値上を求めた事実はなく、また双方の協定によりその値上がせられたこともなかつたものであり、借地人たる買収申請人等は一ケ月一坪一〇銭の割合による賃料は、その支払時期である昭和二三年末頃から翌二四年二、三月の頃までには、いずれもこれを原告等に提供したものであるが、原告等の方でこれを受取らなかつたため支払未了であるに止まり、従つて本件宅地の賃料については買収申請人側に何等原告等主張のような債務不履行の責を負うべき事実はないことを認めることができる。そうすれば原告等の前記書面による賃貸借契約解除の意思表示はその効力を生ずるに由がないのであつて、従つてこの意味においても、本件買収申請人に買収宅地の賃借権なしとの原告等の主張はこれを採用することはできないものである。

(二)、そこで次に本件宅地の買収が相当であるか否かについて考えてみよう。

(1)  まず原告等は自作法第一五条による買収の対象となる宅地は、解放農地に附随し、主としてその農地の用に供せられるものでなければならないと主張する。しかし右第一五条所定の宅地建物の買収は、農地買収に附帯してせられる買収であるから、その対象とせられる宅地建物が、解放農地の農業経営に必要なものであることはその必須の要件であるが、同条第一項第一号と第二号とが、農業用施設等と宅地建物とにつきその買収要件を異にしている点から考え宅地建物が解放農地に附随し、主としてその農地の用に供せられるものであることはこれを要しないものと解するのを相当とする。

(2)  そこで本件各宅地が買収申請人等の解放農地の農業経営に必要なものであるか否かの検討が必要であるが、まず検証の結果によれば、本件宅地はいずれも国鉄東海道線茨木駅西北方約二〇町の茨木市大字上穂積の農村部落内にあり、右宅地中松岡丑松の買収申請に係る土地以外は、いずれも各買収申請人の住宅用建物及び物置用建物等の敷地であつて、その買収申請人等は同所に居住するものであり、右松岡丑松の買収申請地は物置用建物だけの敷地であるが、いずれも右各建物には農器具、収穫物等を収納し、空地の部分は収穫物の乾場等にこれを使用しており、なお原告等の各建物中には牛小屋も設けられているものであつて、いずれも右各宅地をその農業経営の用に供しているものであることが認められ、右各宅地と買収申請人等の解放農地との距離が近きは約二町、遠きも約一〇町であることは当事者間に争いのないところである。

(3)、ところで本件買収申請人等の解放農地が別紙買収申請人解放農地表記載の通りであることは前認定の通りであるが証人杉原とよ、松岡丑松、東畠安次郎の各証言によれば、本件買収申請人のうち杉原馨、松岡丑松、東畠安次郎の三名はいずれも専業農家であつて、杉原馨はまだ昭和一九年三月生れの少年であり、同家における農業は専らその母とよにおいてこれを営んでいるものであるが、本件買収計画の当時においては、前認定の三筆で合計四反一四歩の解放農地と、従来からの自作地一反五畝とを耕作していたものであり、また松岡丑松は農地約六反を耕作し、うち一反八畝一二歩がその解放農地であること、東畠安次郎は全部で約六反八畝を耕作し、そのうち八筆合計五反九畝二六歩の解放を受けて自作農となつたものであることを認めることができる。

そうすれば右三名の買収申請人は、本件買収宅地上に、杉原馨、東畠安次郎の両名は住家及び物置、松岡丑松は物置用建物を各所有して、いずれもこれを使用して専ら農業を営んでいるものであつて、その解放農地も全耕作反別中相当の部分を占めるものであるから、同人等の買収申請に係る本件宅地は、右解放農地の農業経営に必要なものとして、自作法第一五条による買収を相当とする宅地と認めて然るべきものである。

原告等は、杉原馨は少年で同人は農業専業者でなく、同人方の農地はその母が耕作しており、本人が将来農耕に従事するか否か未定であるから本件宅地の買収申請をする適格がない旨主張し、事実関係が右原告等主張の通りであることは前認定の通りであるが、右のような事情が宅地買収申請の適格を奪うものとは到底考えることはできないので右原告等の主張はこれを採用することはできない。

また原告等は、右杉原馨並に松岡丑松の本件宅地の買収申請は、他の煽動によるもので本人の意思ではない趣旨の主張をする。しかし右申請が他のすすめによるか否かはともかく、その本意に出たものであることだけは、証人杉原とよ、松岡丑松の各証言に徴し明らかである。

原告等はまた、杉原馨は無能力者であるから同人自身の名においてされた買収申請は形式的にも違法であり無効であると主張する。そして杉原馨の買収申請が同人自身の名を以てせられた事実は被告の明らかに争わないところであるが、右申請は同人の法定代理人である杉原とよにおいてこれを為し、ただ名義を本人名義としたにすぎないものであること証人杉原とよの証言に徴し明らかなところであつて、右のような申請を無効と解すべき何等の理由もないので、右原告等の主張またこれを採用するの限りではない。

なお原告等は右杉原馨につき、同人は本件宅地買収の後その買収申請の基礎となつた解放農地の三筆全部を他に売却したものであり、同人は解放農地の利用のためにする宅地買収の申請資格を喪失したものであるから、その申請を容認した買収計画は結局取消を免れないと主張する。そして右三筆のうち二筆が売却せられたことは被告の認めるところである(他の一筆の売却についてはこれを認むべき証拠はない)が、自作法第一五条による宅地建物等の買収計画の適否を考えるについては、その買収申請の資格は、その申請者が申請の当時及び買収計画の当時においてこれを有するか否かによつてこれを決すれば足るのであつて、後にこれを失つたか否かは問題とするの要はないものと考えるので、原告等の右主張またこれを採用するの限りではない。

(4)、そこで次に川畠宇之松の買収申請に係る宅地について考えてみよう。

同人の解放農地は別表記載の通り三筆で合計二反六畝二四歩であることは前認定の通りであり、同人の全耕作反別が約六反であることは証人川畠一男の証言に徴し明らかである。そして成立に争いのない甲第六号証、証人由上元次の証言により成立を認める同第七号証に同証人の証言、原告川上孝助本人の供述及び証人川畠一男の証言を総合すれば川畠宇之松家は同人夫婦、長男一男夫婦及びその子一人の世帯員であり、宇之松夫婦は相当の高齢であるが、本件宅地の買収計画当時において、宇之松及び一男夫婦は前記の耕作地約六反の農耕をしていたが、その外、宇之松は竹篭の行商をし、また一男は昭和二二年の頃から農繁期以外は臨時日雇人夫として京阪神急行電鉄正雀駅保線課に働きに出ていて、宇之松は昭和二三年度の事業税として、農業収益に対するもの八六四円、竹篭行商による収益に対するもの二五一八円の賦課を受けていることをみとめるに足る。

ところで、農家における農耕の季節的繁閑や、潜在的失業人口の流入ないし停滞の傾向から考えて、農家がそこから生ずる余剰労働力をもつて副業的収入をはかることは、比較的経営規模の小さいわが国の農家として多かれ少なかれ通常生じているところであつて、その副業収入が時に農業収入に比して顕著な割合を示すとしても、これをもつて農業に精進する健全な独立農家としての性格を失うものとすることはできない。宇之松の上記竹篭行商もそれ自体として、農家の余剰労働力利用としてむしろ恰好なものと思えるほか、証人川畠一男の証言によれば、本件買収計画当時においてはさして活発に営業していたようでもないし、上記事業税の賦課額も、必ずしも農業に従たる副業的性格を否定するほどのものとは考えられない。また一男の日雇線路工夫も、農家の余剰労働力の利用としては、まことに自然なもので、証人由上元次、川畠一男の各証言によればその稼動も、農繁期はもとより、その他の期間にあつてもその出勤は日雇的に割合に自由に行われていることがみとめられるのでこれも宇之松一家の農家たる前記性格に多くの影響を与えるものというべきではない。また宇之松における前記耕作反別六反歩は大阪府下における農業の適正規模として狭小ということはできない。そうすると、川畠宇之松は、本件宅地を、その地上に建設した住家に居住し、またその地上の物置空地等を利用して前記解放農地の農業経営をしているのであり、その解放農地も全耕作反別のほぼ半分に近い相当の部分をなしているのであるから、同人の本件宅地利用は、右解放農地の農業経営に必要なものということができ、同人のため、右農地の解放に附帯して自作法第一五条により、本件宅地の買収をするのは相当たるを失わないというべきである。

(5)、次に馬場留吉の場合はどうか。

同人の解放農地は別表記載の通り八筆で合計七反七畝一歩であること前認定の通りであり、同人はなおこの外に農地約二反歩の耕作をしていることは証人馬場留吉の証言に徴し明らかである。しかし成立に争いのない甲第八、九号証、証人東松太郎の証言により成立を認める同第一〇号証に証人東松太郎、岩井利一郎、木村勇次郎、田村高一の各証言原告川上孝助本人の供述及び証人馬場留吉の証言の一部を総合すれば、馬場留吉は前認定の農地の耕作をする外、本件買収計画の相当の以前から、営業用の電話を持ち、大型貨物自動車一台、荷馬車一台を所有し、貨物運送業を営んでいるものであつて、昭和二三年度の事業税として、農業収益に対するものは五九八円であるのに、運送業の収益に対するものとしては三、四五〇円を賦課せられていることを認めるに足るのである。被告は右運送業は馬場留吉の営業ではなく、その実弟実の営業であると主張し、証人馬場留吉また右主張に副う証言をする。また前認定の運送業に使用せられている大型貨物自動車は馬場留吉の所有名義ではなく、大阪府農業会三島支部また茨木市の所有名義とせられていたことは右甲第一〇号証等によつてもこれを認めるに足るのであるが、右所有名義の点は馬場留吉において、ただその表面上の名義を右のようにしたに止まり、実質上の所有者は馬場留吉に相違なかつたこと前掲各証拠からこれを認めるに足るのであり、営業者の点も右各証拠から考えればこの点に関する馬場留吉の右証言はこれを信用することができないのであり、他に右認定を覆すべき資料はない。

そうすれば本件買収申請人である馬場留吉は、この地方における農家としては、相当多量の耕作地を有するものであり、その解放反別もまた相当に大きいことはこれを認めなければならないのであるが、本件宅地は同人が右解放農地の農業経営に使用すると共に、また他のより大きな収益源である貨物運送業のためにもまたこれを使用しているものであつて、しかもその使用の程度は前記農地の解放に附帯して本件宅地の解放を相当とするの程度を遥かに越えるものと解しなければならない。

(三)(1)、なお原告等は本件買収申請人のうち松岡丑松は、その父松之助が従前本件宅地の所有者である原告堂島一哉家に奉公していたものであつて、同家からのれん分けをして貰つた関係にあり、また東畠安次郎はその先代時代窮迫して本件宅地を原告堂島一哉家に売却し、何時でも相当の代価を提供すれば売戻して貰えることになつているものであるから、かかる当事者間においては、当事者の合意でことを解決するのが相当であつて、強制的な宅地買収の方途に出るのは相当でなく、従つてその買収計画は違法である趣旨の主張をする。しかし右原告等主張のような事情は農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とする自作法の趣旨から考え、むしろその買収を促進すべき契機とこそなれ、これを妨ぐべき事情とは何等これを考えることはできないので、右原告等の主張は失当である。

(2)、原告等はまた買収対価の不当を買収計画取消の事由として主張する。しかし対価に対する不服は自作法第一四条所定の対価増額の訴によるべきで、買収計画取消の事由としてはその主張を許さないものと解するのを相当とするので、原告等の右主張また、対価の当否を検討するまでもなく、これを採用するの限りではない。

三、そうすれば本件宅地のうち、川畠宇之松の買収申請に係る1の宅地、杉原馨の買収申請に係る2、8、9、10の各宅地、松岡丑松の買収申請に係る6の宅地、東畠安次郎の買収申請に係る7の宅地に対する買収計画には何等の違法もなく、その取消を求める原告等の請求は失当であるからこれを棄却することとし、馬場留吉の買収申請に係る3、4、5の各宅地に対する買収計画は違法であるからこれを取消すこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文の通り判決する。(昭和三一年六月二九日大阪地方裁判所第三民事部)

(別紙各表は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例